大阪在住通信インフラ社員のあれこれ

日常・車・筋トレ・読書・育児など、記録として発信していきます

得意分野・その道のプロとは?

「得意なことはなんですか?」

私は、こう質問されたときに答えられるものはない気がします。

 

得意ってなんでしょうか?私のイメージは、

  • その分野・物事については困らない・ある程度答えられる
  • その分野をずっと続けて来ている
  • その分野を仕事に生計を立てている
  • その分野が趣味

などのイメージがあります。

ネットでググると、「上手なこと」「自信があること」などと出てきます。

なんだが、「得意」と「上手」がよくわからなくなって来ました。

 

目次

 

「得意」と「上手」

「得意」とは?

「得意」という言葉をネットで調べてみると、「相手だけではなく、自分に対しても思い通りにできて自信があること」などと出てきます。

 

「上手」とは?

「上手」ってなんでしょうか。

これも少しネットで調べると「相手に対して技能が高いことを褒めること」とあり、相手ありきで利用する言葉です。

 

なるほど。私には「得意」と呼べるものはないです。

仕事はIT関連なのでパソコンや技術の仕組みはある程度理解できますが、それが得意ではない気がします。ゲームにしても、やりこんで極めてそれを動画配信や攻略記事として書けるかというと出来ません。車にしても眺めることが好きなだけで、修理や仕組みについてはからっきりで、どれも中途半端です。

 

思い返すと、そこまでやり込めるものに出会ってないのかも知れません。

中学の時に部活に入ろうと野球部に仮入部しました。小学生から仲の良い友達が野球部に入ったからです。私も同じようにしましたが、ある日、ユニフォームの発注があり正式に野球部に入るかどうかの選択が来たのです。その時私はユニフォーム代を見て諦めました。

「こんなにお金を払ってまで、野球をやりたいか?」そう思うと明らかに答えは「No」でした。ここまでお金を払ってやるより、別のやった事ないことに対してお金を払いたかったからです。

それから興味ができたものについて、「これ以上やりたいがこれだけのお金・時間を払えるか」という自問自答が1つの基準となっているような気がします。

 

就活・企業選びの基準

「安定しているか」が基準

私が社会に出る時には、インフラエンサーやYouTuberなど、一般的なカテゴリのものはなかったような気がします。

# その当時、友人の兄がニコニコ動画の配信者で今も活躍していますが、当時の私は「趣味のものだ」という認識でした。

そもそもそういったものが出始めてきた頃なので、「仕事にする」・「お金になる」という認識があまりなかったです。

「安定しているか」ということが私の企業選びの基準であり、勝手にフィルターされていたのかも知れません。

 

安定した中にいると刺激が欲しくなる

実際に入った会社は、安定していると思っています。

数年で配置換えがあります。全く関連のない業務分野になることもあれば、以前の職場の関連で配置換えになることもあります。

どちらかというと、「ジェネラリスト」型の社員を作るような仕組みで、「スペシャリスト」型の社員はできにくい環境です。

とはいえ、いくら安定しているからといっても、何か「手に職をつけたい」とは思っていました。「その道のプロ」という憧れもありました。

自分がこの先生き残っていくためには、自分ならではの「何か」が必要と考え、業務経験を積んでくると、まだやったことのない「新しいこと」にチャレンジしたくなりました。

そして企画などの「考える」新しいことに手を挙げチャレンジしましたが、紆余曲折し現在の休職に至ります。

企画など「新しいこと」へのチャレンジに対する、自分の気持ちの継続が向いてなかったのかも知れません。

「手に職をつける」ことの意味、生き残りを考えすぎたのかも知れませんね。そういう意味では、「これまで通り」「淡々とした作業」で生き残るような道を探した方がよく、向いているのかも知れません。

 

何が言いたいか

自分の仕事ややりたいことで、「何がしたいか」、ということと、「何が向いているか」、というのは、まだまだよくわからない、ということです。

人生の早い段階でその条件がマッチし熱中している人もいますが、そういった方は少ないと思います。

そしてそういった人が熱中するものにたくさんのお金と時間を注ぎ、「その道のプロ」になっているような気がします。「得意」で「上手」な人ですね。

この「マッチ」に出会えるかどうかは、あらゆるものを試食するようなもので、色々経験することが大事で、結局は「行動する」かどうかなのかも知れません。

 

自分に「行動力」が備わっているかというと違いますが、これからでも変えられるし、逆に、流れに逆らわず、流される中で出会うものを少しずつ試食するように、手にとってみてかじってみる、こともできるのだと思います。

 

今は多様な働き方ができる世の中と思っています。

自分が何者になれるのか、歴史に名を残そうだなんて思ってもいませんが、自分が死ぬ時に「この人生何をして来たか」、「何が良かったのか」思い返せるようにはしたいです。

 

  • 家族と一緒に過ごせたことが良かった、
  • 普通に生活できて良かった。
  • 車は好きだったなぁ、

など思い返せることが多いように、改めてゴール、最後(最期)から逆算する時間としてこの休職期間を過ごしてみようと思います。

 

前回の記事

 

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